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2020年09月10日
ブログ

幕張本郷の不動産社長経験180)不動産売買の面白さ、難しさ(青森での高校時代)

八戸工業高校1年生の時

高校生活は自転車と汽車(蒸気機関車)乗り継ぎの通学でした自宅から陸奥市川駅までは自転車で、陸奥市川駅から尻内(現在の八戸駅、新幹線の停車駅)迄1駅で乗り換えて久慈行に乗り2駅目の八戸駅(現在の本八戸駅)で下りて学校迄徒歩13~15分位だったと記憶しています。

機械科B組の「担任の先生は3年間中村彬先生」した、背丈は163cm位の小ぶりの先生で木工、鋳造担当でした。明るく元気の良い先生でサッカー部の顧問でも有りました。

中学校の時曲がりなりにもサッカー部に所属していた関係で、早速先輩が来て入部を進められたので、まあ入部しても良いかとの軽い気持ちで入部しました。

大学には進学する気が無かったのであまり勉強しようという気力が湧いてきませんでした。但「1学期目は成績が悪いと落第させるぞ!」各先生が脅したので授業は真面目に受けて授業中は真剣に取り組んでいました、中学校の受験までの勢いが未だ体に残っていたみたいです。1学期の中間試験が終わり成績は44名中8番目位と記憶しています➡これが結果的に良くなかった!➡私は田舎の中学卒業だったので、町(八戸市内の人)の中学校卒業生は学力も凄いだろうと思っていたので、なあんだ、恐れるに足りないな~と思ってしまいました。

「目標は大事」です航海の羅針盤です

大学進学の目標もないし、すごいだろうと思っていた人たちも私と余り変わらなく大したことないし、かったるいな~と安心してしまいました(目標がないと向かっていく的が無いので気力、迫力が出て来ない損な気質が私には有ります)。➡追い込まれると力以上のものが出るタイプですが、、、。

工業高校なので大学に進学を希望する人は1割位でした、ほぼ卒業と同時に就職か家業を継ぐ人達でしたので食い入るように真剣に勉強に取り組む人は一握りでした。

お前たちは顔は先生の方を見ているが頭の中は何を考えているか分からない?「目の色が死んだ魚の目をしている、〇〇と△△以外はだが!」と言って皆をドット笑わせる面白い「古典の先生」を思い出します。

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